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2012年5月24日木曜日

TVリモコンの生みの親ユージン・ポーリー氏が死去

 

TVの一言
日本ではTVそのものが亡くなる日も近いな


【訃報】TVリモコンの生みの親ユージン・ポーリー氏が死去 1955年に世界初の無線リモコン開発[12/05/24]


1 :やるっきゃ騎士φ ★:2012/05/24(木) 12:18:35.60 ID:???
ソースはナリナリドットコム
http://www.narinari.com/Nd/20120518038.html

テレビの番組が面白くなければ、ボタン1つでピッとチャンネルを変える――
そんな現在では当たり前のテレビ視聴スタイルを確立した、テレビの無線リモコンが
世界で初めて誕生したのは今から約60年近い前の1955年のこと。
その開発に携わった“生みの親”の一人、ユージン・ポーリー氏が、
5月20日にシカゴの病院で老衰のため96歳でこの世を去った。

米紙シカゴ・トリビューンや英放送局BBCなどによると、ポーリー氏は1915年、
シカゴ生まれ。幼くして両親が離婚し、母親によって育てられた彼は、
経済的な事情からシカゴ市立大学を2年で中退し、1935年にゼニスラジオ
(現ゼニス・エレクトロニクス)に技術者として入社した。
そして早くから「自動車用押しボタン式ラジオ」の開発などにも携わった後、
当時すでに登場していたコード付きテレビリモコンの技術向上に着手。
1955年に、光を利用した世界初のテレビ用ワイヤレスリモコン
「フラッシュ・マティック」の誕生に繋げた。

この「フラッシュ・マティック」には「リモコンの光で画面が見えにくい」
「太陽光で誤動作する」などの欠点があったが、1956年には
ゼニス・エレクトロニクスの同僚ロバート・アドラー氏(2007年に死去)が、
超音波を利用した「スペース・コマンド」と呼ばれるリモコンを開発。
やがて2人には「テレビリモコンの生みの親」としてテレビの発展に貢献した功績が
評価され、1997年に米テレビ芸術科学アカデミーからエミー賞が贈られている。

1982年までの在職中には18件の特許を取得。会社に多大な貢献を果たした
ポーリー氏だが、生前は“生みの親”としてのスポットライトはアドラー氏ばかりに
当たる状況だった。
しかしゼニス・エレクトロニクスでは、常に「共同開発者」として彼の功績も
認め、彼自身も「私たちは人類のために貢献を果たした」と自負していたという。
今回、欧米を中心に彼の死去が大きく報道されているのは、その事実を物語る
立派な証拠と言えそうだ。

-以上です-
テレグラフサイトから同じニュース
23 May 2012 Eugene Polley, inventor of the remote control, dies aged 96
http://www.telegraph.co.uk/technology/news/9284000/Eugene-Polley-inventor-of-the-remote-control-dies-aged-96.html


2 :名刺は切らしておりまして:2012/05/24(木) 12:21:22.08 ID:RNrEkKtQ
キノコ型リモコン


3 :名刺は切らしておりまして:2012/05/24(木) 12:32:10.92 ID:Mm/2Te92
一方、日本人は赤外線を使った。


4 :名刺は切らしておりまして:2012/05/24(木) 12:36:57.52 ID:bBJw0Mg6
遊人氏には大変お世話になってなりました


5 :名刺は切らしておりまして:2012/05/24(木) 12:40:49.98 ID:RA2o9WXJ
ズバコンは1972年ぐらいかな?


6 :名刺は切らしておりまして:2012/05/24(木) 12:44:20.89 ID:mSgLbP+U
この人、特許で大儲け ?


7 :名刺は切らしておりまして:2012/05/24(木) 12:54:50.28 ID:RK9pqGAx
マジかよ
70年代生まれだが、小さい時はまだ有線のリモコンだったぞ。


8 :名刺は切らしておりまして:2012/05/24(木) 13:40:10.71 ID:RwWHjyzn
一方日本人は先端に切れ目を入れた竹の棒を使った

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